100% Gear of Life 004 NT Cutter Professional A

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100% Gear of Life
004 NT Cutter Professional A

誰が言ったか忘れたが、「事を起こすには、準備が9割、本番が1割だ。準備を怠るな。」という言葉を聞いたことがある。なるほど、9対1の割合が適切か否かは別にして、自分自身の実体験からも納得できる言葉だ。

物作りを初めて、同じように感じることがある。物を作るための道具だ。「道具9割、実力1割」と言ったら嘘になるけれど、良い道具は良い物を作る。これだけは間違いない。特にハサミやナイフといった刃物系の道具は、いい物であればあるほど作業がはかどり仕上がりも良くなる。

そんな僕が全幅の信頼を置いているのが、NT Cutterの「Professional A」だ。特に、30度の刃と相性が抜群である。このカッターとの出会いは、大学で建築学生だった頃からの付き合いなのでかなり昔のことだ。カッターの刃と言えば45度の物しか知らなかった僕にとってこのカッターと30度刃との出会いは、決して大げさではなく衝撃であった。毎晩深夜まで、設計室でこのカッターを使い、建築模型用の材料をどれだけ切ってきたことか。切断する対象は、スチレンボードやボール紙から、生地やナイロンテープに変わってしまったけれど、僕のこのカッターに対する信頼は今なお揺るぎないものがある。今は、僕の指の延長であるといっても大げさではないだろう。

もちろん、使いやすいカッターは他社の物含め沢山あるに違いない。でも、このステンレス製のシンプルなルックスと、しっくりと手になじむ感覚は他社の物では味わえない。

蛇足ながら、このクールなルックスとは相反する、NT Cutter社のweb1.0的なホームページを見るとエールを送らずにはいられない。物を作る者として、物を作るための道具を愚直に作り続ける人たちを応援していきたい。
1000円にも満たないほんの細やかな設備投資だけれども。

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100% Gear of Life 004 NT Cutter Professional A

100% Gear of Life 003 Backpacking Light Titanium Esbit Wing Stove

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100% Gear of Life
003 Backpacking Light Titanium Esbit Wing Stove

「足るを知る。」
ウルトラライトハイキングにおける重要なキーワードだ。
その教えに沿うのであれば、本来、固形燃料用のストーブなどというものは、アルミの板を適当にカットし、折り曲げたもので事足りる。しかし、その一方、野外生活において火をおこすという行為は、一つの儀式である。

儀式には、美しい道具と美しい所作が必要不可欠だ。幕営地に着き、幕を張り、寝床を準備する。荷物を整理し、一枚上着を羽織る。一連の作業が済み、大き目のマグカップにまとめて収納した湯沸かしセットを取り出す。とにかく、一刻も早く、冷えた体に熱いコーヒーを流し込みたい。

しかし、焦りは禁物だ。三本の脚を120度づつ均等に広げ、平らな地面を探してセットし、ゆっくりと丁寧に固形燃料に火をつけ、その上にマグカップを静かに、そして確実に乗せる。
その一連の行為は、ある意味、山の神、火の神に対する礼儀ともいえる。

そんな振る舞いを自然と起こさせてくれるギアが存在する。

100% Gear of Life 003 Backpacking Light Titanium Esbit Wing Stove

100% Gear of Life [002]新井真之さんの白いフリーカップ

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100% Gear of Life
002 新井真之さんの白いフリーカップ

器というものに無頓着な人生だった。
もっとも、アルミやチタンといった素材や重さ、スタッキングに対する狂的な探求心は除くけ
れど。。。

ある日、友人が稲村ケ崎で小さな器屋さんを開業し、同時にウェブショップを開設した。「器ねぇ。。。」なんて思いながら、そのサイトを見ている僕の目に一つのシンプルな白いカップが目に入った。

ウルトラライトハイキングというのは、北米のロングトレイルをスルーハイクするための実践的な方法論として生れた物であるけれど、さらに一歩進んで、それを一つの思想、哲学としてとらえた時に、僕はこの白いカップに大きな親和性を感じた。手もとに届いたそのカップは、想像以上に肉薄で、口当たりが良く、酒飲みの僕にとっては絶妙の大きさでもあった。今では焼酎のオンザロックはもちろん、お茶を飲むときもこのカップを使っている。

物の価値というものを改めて考えてみる。
当然、値段というのは一つの価値基準として存在するけれど、僕が一番大事にしたいのは、その物に対するストーリーだ。言い換えれば、その物に対して自分がどれだけ語れるかということ。なにも難しい話ではない。
例えば、僕の家を訪れた友人にこのカップでお茶を出す。
「このカップいいね。」
なんて言葉を引き出せたらしめたもの。
「これはね、新井真之さんという作家さんの作品で、山友達のMさんが稲村ケ崎でやってるお店で買ったんだ。焼酎のロックなんかにもいいし、蕎麦猪口なんかとしても使えるよ。それに、意外と安いんだ。」
と答える。実際、陶器に関して僕が語れることなんて何もない。それでもそこには、ささやかながらも僕と器の小さなストーリーが存在している。

「みんな3千円のTシャツは何枚も買うのに、3千円の食器は買ってくれないんだよね~。
食器に3千円を出してくれる人を増やしたいんだ。」
その友人が穏やかに僕に語った言葉が今でも甦ってくる。今日もまた、あの稲村ケ崎の小さなお店から、器をめぐる小さなストーリーが生まれているに違いない。

100% Gear of Life [002]新井真之さんの白いフリーカップ

2018年 成人となった君たちへ

1971年生まれの僕が二十歳だった1991年にリアルタイムで聞いていた音楽。
COOLだろ?

別にノスタルジックな自慢話じゃないよ。本当にCOOLだろ?

今、自分が二十歳だったら?って考えると、もうそこには可能性しか見当たらない。
そりゃ、僕だってあきらめたわけじゃないよ。でもさ、やっぱり若さってのには圧倒的なアドバンスがある。

最近僕は思うことがある。バブル崩壊直後のタイミングに社会に出た僕達世代は、「犠牲者」として卑屈に生きてきたんじゃないかと?時代は自分たちで作るものだよね。僕達は責任転換してきた。それが今の日本の現状なんじゃないかと。。。それでも、僕はあきらめてない。
今でも、こんな音楽をCOOLだって共有できる新成人は絶対いると思う。

時代を超えたって、COOLなものはCOOL!
そういうの大事だよね。
こんなこと言ってる僕だってマイフェイバリットバンドは、ビートルズとスミスだからねw
時代は関係ないんだよ。

一緒に盛り上げていこうぜ!別の言い方すれば、歩こう!走ろう!山に行こうぜ!って話。
そこにはCOOL!があるから!本当にあるから!
たまにはクソ先輩の話にも耳を傾けくれると嬉しいですw

2018年 成人となった君たちへ

100% Gear of Life [001]patagonia Houdini Jacket

001

100% Gear of Life
001 patagonia Houdini Jacket

ウインドシャツ、ウインドジャケットと呼ばれるウェアは、各社、各ブランドからたくさん発売されているけれど、やはり僕はこの「patagonia Houdini Jacket」が好きだ。
生地の性能、重量、着心地などを考えれば、今はより良いジャケットが存在するのは確かである。

だが、何かが違う。

実は、僕が長年着ているこの青いフーディニージャケットは、右袖が一部破れてしまっているが修理もせずに(パタゴニアのリペア対応の良さは有名だし、それ以前に、僕はこう見えて結構ミシンが得意だ)、そのまま気にせず着ている。
デニムパンツやネルシャツなど、ダメージが味となるウェアは存在する。だが、それらの多くは、天然素材による生地の物で、経年変化を楽しめるウェアに限られる。
しかし、その例外の一つと言えるのが、この「pataginia Houdini Jacket」だと僕は思っている。
思い返してみれば、かつてのアウトドアウェアやアウトドアギアには、それがたとえ化学繊維の物であっても、劣化が味となるものが数多く存在したように思う。ウェアやその素材となる生地が、より高性能になり、軽量化が進み、何より天然素材より安価になってしまった大量生産、大量消費の世界で、化学繊維でその味を楽しめるものは少なくなってしまった。
ウェアに限らず、経年変化や劣化や故障といったものは、よく言えばそのギアと自分との歴史に他ならない。新しいものに買い替えることは簡単(懐具合は別にして)だけれども、物をリセットしてしまえば、その歴史も一緒にリセットしてしまうことになる。
どうしても無理な場合は確かに存在するけれども、僕はその歴史を出来るだけ長く刻み楽しみたいと思う。

まだシャツ一枚では肌寒い季節に、あるいはレインウェアを着こむほどではない霧雨の中、息を切らしてハイクアップした頂上に立ち、右袖の破れ方がいかしてるウインドシャツで気取って写真を撮りたい。フーディニと僕との新たな歴史の1ページを記念して。

100% Gear of Life [001]patagonia Houdini Jacket